| 部屋中に満ちる甘い香り。 テーブルクロスの上には、直径18cmのホールケーキが輝く。 川瀬亜澄は母手作りのそれをナイフで八等分に切り分けた。 今日のケーキは季節のフルーツをふんだんに使ったタルトだった。 歯触りのいいタルト生地の上に、滑らかなカスタードクリームが乗る。 更にその上に、数々の果物がまるで宝石のように所狭しと散りばめられていた。
こういう時、川瀬亜澄はいつも思う。 自分が例えば、女子だったなら。 もーほんとちょーかわいい、こんなケーキ作れるなんてうちのママさいこー! 見た目かわいいだけじゃなくてすっごい美味しいしーもーやだー太るー!
……とか。 思えたのだろうか。
川瀬亜澄に兄弟姉妹はなく、残念なことに彼はどちらかと言えば甘い物は好きではなかった。 父は年齢的にもそろそろ糖分のとりすぎには注意しなくてはならないし、 当の母は自分で食べるより誰かに食べてもらいたいという人間だ。 さて、そんなおよそ甘味とは縁のない家族を持ちながら、なぜ彼の母はお菓子だケーキだと作り続けるのか。
「よく食べるね」 「あ?」
亜澄の呟きに、彼の正面に座っていた男がようやく視線を上げた。 その鋭い眼光におよそ似合わない、宝石のケーキを頬張りながら。
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