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桜の下の楓

1: 名前:みるみる☆09/10(水) 17:04:46 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
こんにちは!短編を書くのは初めてです。更新はゆっくりになるかと思います。それでもよろしい方は読んでくださると嬉しいです。

20: 名前:みるみる☆10/02(木) 15:51:26 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>19ありがとう!あんまり雑談の方に来てなくてごめん;



もうすっかり日が昇ってしまって、2人の軍手に土と雑草が擦りつけられて、もう元の色なんか分からないくらいになった頃、2人は作業を終了した。
地面に2人で寝転がる。

「うあー、疲れたー」

「春なのに汗かきました……」

凜の目には枝だけになった桜の木が、楓には澄んだ春の空が映っていた。

「……綺麗になったな」

「ですね」

作業開始から数時間が経過して、庭の様子は随分様変わりしていた。
あれだけあった雑草は、今は庭の隅に積まれて萎びている。
地面からの強い草いきれに、凜は咽せそうになった。
地面が、温かい。太陽が、温かい。
2人の目は、とろんと蕩けたような目になった。
このまま眠りにはいるのかと思われたが、そうはいかなかった。

「おー、すっげー!昨日まで草ぼうぼうだったのに!」

「広いなーっ!」

数人の子どもの声が聞こえてきたかと思えば、その足音は凜たちのいる庭の中に入ってきた。

「え……?」

どうやら子どもたちはこの庭に遊びに来たらしい。
凜は考察する。
ここの村では、他人の庭で子どもが遊んでもいいということか。
なんてフリーダムなんだ。
まあ、郷に入りては郷に従えっていうし、ここは窓を割られないように見守っておこう。


「なんだあ兄ちゃん達、こんなところに寝ころんで」

「疲れたんだよ、草取りしてたから」

「小休止です」

「ふうん、昼間っからラブラブだなあ、彼女連れて」

凜は全力で否定した。

「違う違う、こいつは彼女じゃない!なあ、そうだろ?」

「え、あ、そうですそうです!」

胸の前で手のひらを開いてぶんぶんと横に振る楓だったが、その頬は真っ赤だった。

「嘘じゃな、隠そうったって、そうはいかんよ」

「違う違う!こいつはただの友達だって!」

視線を凜へ向ける楓。その頬はますます赤みを増して、漆黒の目は嬉しそうに細められた。

「凜くん、今、私のこと、友達って……」

「っ……」

「嬉しいです!凜くんは私のことそんな風に思っててくださったんですね!」

そして、楓は何のためらいもなく凜にぎゅうっと抱きついた。凜は目を見開いて、それから楓が女だったことを思い出し、顔を真っ赤にして「おい、放せ!」とか言いながら楓を引き剥がそうとした。
それを見ていた子どもたちは、「ラブラブじゃん」「やっぱり」とかぶつぶつ言っていたが、誰からともなく、自分達が持ってきたサッカーボールで遊び始めた。


21: 名前:EDY☆10/08(水) 17:49:57 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
アゲアゲ

22: 名前:みるみる☆10/10(金) 10:20:02 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>21EDYさん ありがとうございます!更新が停滞してきてるんで頑張ります。


楓の感激によるちょっとした騒動が一段落して、2人は子どもたちが遊ぶのを座って眺めていた。

ほじくられたばかりの土の上を、サッカーボールが跳ねる。
そんな様子を見ながら、凜は一つ疑問に思ったことを口に出した。

「そういやさぁ、あの子どもたち、僕らのこと恋人同士って勘違いしてたよな」

「えっ?あ、はい、そうですねっ」

途端に白い頬を真っ赤にする楓。
なんて言うか、そんなに恥ずかしかったんだろうか。

「お前、前からここに住んでたんじゃないのか?だったら、あの子らカップルなんて勘違いしないんじゃないか?」

「い、いえ!私は前からここに住んでましたけど、そんなに子どもたちには会いませんでしたから」

「ふうん、それにしてはお前、訛ってないな。東京人と変わらないぞ」

「そ、そうですか?」

「うん」

楓の慌てぶりに少し疑問が残る凜だったが、まあ面倒くさいことにはあんまり首をつっこみたくない気持ちになってきていたのでそれ以上質問はしなかった。
それに、楓が正体不明の変人だったことは最初から分かっていたことではないか。
凜は心の中でそんな風に納得をして、再び子どもたちが遊んでいる方向に目をやった。1人の子が蹴ったボールが敷地外に出て行ってしまうのが見えた。その子がボールを取りに行っている間、他の子は何をするわけでもなくぼーっとして、ボールが戻ってくるのを待っているようだった。

「おじちゃん、どっから来たんだ?」

不意に、ボールを待つ子どもの1人が凜に話しかけてきた。

「東京だよ」

おじちゃんって言われるほど年はいってないんだけどな、とか思いながら凜は返した。
もう1人の子もこっちを向いて話に加わった。

「東京か、いいなぁ!僕ディズニーに行きたいよー」

「はははっ、幹夫、ディズニーは千葉にあるんだぞ」

「え、そうなんかぁ。ややこしいなあ」

幹夫と呼ばれた少年は恥ずかしそうに笑う。いがぐり頭が何とも田舎っぽくて可愛い。
幹夫は、恥ずかしい気持ちを振り切るかのように、話題を変えた。

「2人は付き合っとるんやろ。ここでずっと暮らすんか?」

「いえいえ、友達ですよ」

楓が訂正を嬉しそうに入れる。
凜が友達と言ってくれたことがよほど嬉しかったらしい。

「でも、何でそんなこと聞くんだ?」

ディズニーが千葉県にあるのを知っているらしい少年が幹夫に聞いた。

「いやぁ、だってもうすぐここ住めなくなるじゃん」

「あ、そうか」とディズニー少年。
凜にはその言葉の意味が分からずに頭にはてなマークを浮かべていた。

「どういう意味だ、それ」

「なんだぁおじさん、知らなかったのか?」





「もうすぐここ、ダムになるんだよ」





「ええ!?そうなんですか?」

その反応は楓。
お前も知らなかったのかよ。
凜が言えることでもないが。
得意げに、幹夫が続ける。

「そうだよ、ここもうすぐダムの水でいっぱいになっちゃうんだって。そしたら僕、ダム会社からお金いっぱいもらって都会に移り住むんだ。ディズニーの近くがいいな」

「あ、俺も俺も!」

そうだったのか。
勝手に子どもたちで盛り上がっているのをよそに、凜は思った。
引っ越しする時にそのくらい把握しないといけなかったか。
じゃあもうすぐここを出て、また他の場所に移り住まないと行けないのか、面倒だな。
楓はどうするんだろうか。
そう思って隣を見ると、楓も黒くて長い睫毛を伏せて、何か考え事をしているようだった。


23: 名前:みるみる☆10/14(火) 09:30:28 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
30分ぐらいして、幹夫がサッカーに飽きたのか「川で魚釣りしようで!」と言いだしたので、少年達は次々と凜の庭を出て行った。
再び2人だけになった庭は、いつもよりがらんと静かな気がして寂しげだった。

「地面も平らにしてくれましたから、助かりましたね」

「そうだな」

地面には、無数の足跡とボールの後があったが、雑草を抜いた後の凸凹な表面より幾らかマシだった。
さっきまで賑やかな雰囲気にあったので、沈黙が重い。
なんだか、気まずい。
凜はこの空気を打破するために、さっきの少年達のことを楓に話しかけた。

「この集落にも、子どもっているんだな」

「ええ、まあそこそこに」

「お前のこと、男って間違う奴なんて居なかったな」

「あなたがそういう事に鈍感すぎるだけですよ、ふふっ」

「そうかなぁ……」

そして沈黙。
楓の方はそんなに気にしているようでもないが、凜は、会話中に沈黙が流れることが苦手だった。


24: 名前:みるみる☆10/17(金) 16:53:41 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
どれくらい黙っていただろう。
段々、時間の感覚がなくなってきた頃、楓がやっと口を開いた。

「友達って、どんなものでしょうか」

「……何だ、急に」

「相手の新しい一面を見てしまって、それでもその絆は結ばれ続けるものなんでしょうか」

「その『一面』にもよるだろうけど、そんなことで切れるような絆じゃ、友情とは言えないんじゃないか?」

「――そうですよね」

そして楓は俯いた。
隣に座っているのでその表情は分からない。
でもその質問の意味は。
凜が頭を働かせていると、また楓が口を開いた。

「凜くんは」

消え入りそうな声で、でも、何かを決心したような気持ちで。

「私と、友達でいてくれますか?」

「……何だ、遠回りせずに早く言って」

隣で、ごく、と喉の鳴る音がした。

「私は―――人間じゃ、ないです」


25: 名前:EDY☆10/17(金) 18:49:38 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
ナンとファンタスティックな言葉だろうか。

26: 名前:☆トマト☆☆10/17(金) 19:09:59 HOST:51.76.168.203.megaegg.ne.jp
あげあげあげ↑

27: 名前:みるみる☆10/18(土) 20:51:14 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>25EDYさん えっと……それはどういう意味でしょう^^;でも、過去にこのスレを上げてくださった方なのできっとそのままの意味ですよね、きっと!ありがとうございます!

>>26トマトさん あげありがとうございます!凄く嬉しいです!





凜は声すらも出なかった。
脳が理解することを拒んでいる。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
認めない。
僕はそんなこと、認めない。
お前は、ちょっと変わった女の子だ。
そして、僕の、ただの友達だ。
そうであって欲しかった。

楓は続ける。

「私がどうしてあの桜のそばにいつもいるのか――分かりますか?」

凜は答えない。
分かりたくない。
楓は続ける。

「私は、たとえダムが出来ようとも、ここから出て行きません。出て行けないんです」

凜は答えない。

「例えば――ここに生えていた雑草です。雑草は、雨が降らなければ水の流れる場所へ、日陰だったら日の照る方へ、葉を伸ばしていきますよね」

凜は答えない。

「葉を伸ばせばきっと理想の環境が手にはいるでしょう。でも、それじゃ解決しません」

凜は答えない。

「葉は伸ばせても、日光で光合成が出来ても、根本に水がいかなければ、その草は枯れるんですよ」

凜は答えない。

「ましてや、草が自分で歩くなんて事、出来るわけがないでしょう」

凜は答えない。
行き着きたくない答えに――行き着く。
分かってしまった。
楓がその細い眉をきゅっと歪めて、桜色の唇を噛みしめて。
真実を、口にする。

「私はこの桜です。桜が本体で、私はその心の部分が抜け出たものです。だから、ダムが出来れば本体は水に沈みます。私がどこに逃げても一緒です。本体が死ぬと、付属品も死にます」

いつも桜のそばにいたのは、誰かが桜の木を折ったりしないように見張るためで。
台風の日に熱を出したのは、桜自体が弱っていたからだった。
すべて、辻褄が合う。
合ってしまう。
凜の頭に、ぜんまいを巻きすぎたオルゴールのように楓の言葉がリピートされる。

『友達』

外は温かいはずなのに、凜の背筋は凍るように冷たかった。


28: 名前:☆10/18(土) 23:16:21 HOST:f2L4Egr6Yz7JrkTA_softbank.co.jp
この小説大好きです(*´▽`*)

ただ…
ダムの事,始めにでも触れておかないと,
話しが急展開すぎかなっ。
て思いました…


29: 名前:みるみる☆10/19(日) 20:34:55 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>28ありがとうございます!大好きだなんて感激でちょっと死にそうです(おい
  そうですね。ちょっとこのシーンが書きたいがために焦っちゃいましたね……すみません;
  本当に未熟者で;これからは焦らずゆっくり進めて行けたらいいなぁ(遠い目)
  こんな小説ですがこれからもアドバイス等頂けたら感謝感激雨あられ……って図々くてごめんなさい!





知らなかった。
ていうか、ちょっと変な奴だとは思っていたけど。
だれが人間じゃないと思うだろうか。
それに、それに――

「どうして……今まで黙ってたんだ?」

そんなに大事なこと。

「っ……」

今度は楓が黙った。
なかなか答えが返ってこないので、隣を見た。

楓が、泣いていた。
声を押し殺して、唇を震わせて。
涙をこらえようとしているのか、俯いて細めた瞳からは、ぽろぽろと静かに滴が溢れた。
濡れた睫毛も、ふるふると震えていた。
そんな楓に、凜は「ぎょっ」と効果音が出そうなほど驚き、身構えた。
女の子を泣かせてしまうのは、初めてだった。

「ご、ごめ……」

「凜くんは」

楓が震える声で遮った。

「鈍感ですね」

「は、はい……」

「例えば、あなたが人間じゃないとして、できたての友達にそれを言えるんですか?」

「あ」

成る程。最初に言わなかったのは、ぼくという友達を失いたくないからだったのか。
そのくらい少し考えれば分かることだった。
失言だった、と凜は思った。

「最初にあなたに会ったとき、私は少しだけあなたを観察していました」

「観察?」

「はい。桜に危害を与えない人か、それと、私と親しくなれそうか」

それで凜は、楓に気が合いそうだと思われたというわけだ。

「凜くんは、私と似ていました」

「似てる?ぼくが?」

「あなたは、『生きていることがどうでも良い』みたいな目をしてました」

「……」

そりゃあまあ、随分酷いことを言われたものだ。
凜はここに来た日のことを思い出す。
確かにここに来たとき、世間が嫌になったぼくは、生きる意欲というものが零に等しかった。
けれど、ここで暮らし始めてからは。
楓に、出会ってからは。

「だから、親近感が持てたんです。私も、誰も見てくれない貧相な花を咲かせて、それでも生き続けるって、虚しいなって思っていたんです」

そして、楓は笑った。
もう、泣いてはいなかった。

「これからも、友達でいてくれますか?」

凜は1度、「なんだ、そんなことまだ気にしてたのか」みたいな驚いた顔をして、そしてにっこり笑った。

「当たり前だよ」


30: 名前:みるみる☆10/21(火) 16:11:47 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
「いや、それにしても驚いたな。楓がまさか桜の妖精さんだったとはな」

「よ、妖精ですか……」

あれから凜達は何事もなかったかのように喋っていた。
否、全てを受け入れた上で今までと同じように。
最早凜は、楓の事を本当に心から友達だと思っていた。
一緒に笑って。
一緒に泣いて。
互いに教え合い。
互いに怒り。
時に傷つき。
時につまづいて。
それから立ち上がり。
そしてまた、
一緒に歩こう。

そりゃ、楓が人じゃないと聞いた時は驚いた。
ダムのことでも頭がいっぱいなのに、脳がフリーズしてしまいそうだった。
でも、このことを楓が言い出すとき、相当な勇気が必要だったはずだ。
それでも、友達だから。
完全に凜を信用して、本当のことを言ったのだ。
その勇気を、凜はとても凄いと思った。
尊敬した。
大事にしたいと思った。

これから先、どんなことが起こっても。
僕らが友達であるということだけは変わらない。
そんな気がしていた。


31: 名前:みるみる☆10/25(土) 20:50:42 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
その日は朝から蒸し暑かった。
凜は、体にまとわりつくような鬱陶しい湿気を振り払うように布団から跳ね起きた。

「あっちー!なんだなんだ、何ですかこの暑さは!昨日まで春爛漫って感じでぽかぽかだったのに!うわあ何この汗!」

凜は、暑いのは苦手なのだ。
ついでに言うと、今凜は暑さのせいでテンションがおかしい。

「なにこのべっとりびったり張り付くTシャツ!ていうか何で僕は衣服を身につけている?うわはははは!裸族万歳ーー!!」

「……おはようございます」

「うわあ!」

Tシャツを脱ぎかけたところで楓がこちらを向いているのに気付いた。
状況説明。
年頃の男女。
男は上半身ほぼ裸。
それを冷めた目で見る女。
急速に頭が冷静になる。
正常に動き出す。

「そうだった……」

最近蚊が出てきて痒いと楓が言っていたので、それならこの部屋を借りればいいと、軽い気持ちで凜は言ったのだ。
その部屋は凜が寝起きする部屋の隣。
一人暮らしには若干広すぎるこの家、ひとつ使える部屋が減ったところで全然構わないはずだった。
でも、男女がひとつ屋根の下で暮らすということを、世間では「同棲」というのだ。
本当に軽はずみなことを言ったと、凜は今更後悔した。

「ごめん……」

「いえ、あなたが服を脱ぎ捨てたところで私は別に怒りませんよ。怒りませんとも。でも、あなたの叫び声で目が覚めていまいました」

「そうですか……」

ずいぶんと寝起きが悪い女の子らしかった。

「……ていうかここ僕の家なんだから何しても僕の勝手なんじゃ――」

「何か言いましたか?」

「なにも言ってないです」

「お腹が減りました」

「朝ご飯ですね。いまから作ります」

嫌すぎる同棲生活だった。


32: 名前:みるみる☆10/29(水) 21:52:41 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
朝食を食べ終わる頃にはだいぶ楓の機嫌も直っていた(というかむしろ機嫌がいい)。

「凜くんって料理上手なんですね」

「上手って言うか……」

エッグスクランブルに上手も下手も無いと思うが。
そんな突っ込みを心の中で入れていると、この家には似合わない電子音が鳴った。
凜の携帯電話だ。
凜は小走りで「はいはい」とか呟きながら窓際に向かった。
この家で唯一電波が入るのがこの窓際だった。

「もしもし?」

「きゃおーっ!凜ちゃん!お・ひ・さ!」

「……何、母さん」

この機械の小さな穴から針のように響く、この声にはもう慣れている。
凜の母親は相当なミーハーなのだ。
ちなみに御年50歳。
真っ赤に唇を塗り、高速道路でも乗れる大きさのバイクを乗りこなすおばちゃんだ。

「特に何って用事はないんだけどぉ、まぁ、愛する息子の声なら毎日聞きたいじゃない?」

「そうですか」

「そういうもんよ。あんたも早く子どもつくりなさい!あ、そうだ、何か必要な物とか欲しい物とか、ある?何でも送るわよ」

「うーん、欲しい物ねぇ……」

「誰とお話ししてるんですか?」

「うわぁっ!」

話すことに集中していて、楓がそっと近づいてくるのも、両肩に手を乗せられるまで気付かなかった。
凜は携帯を落としそうになった。

「お母さんとだよ」

「私もお話ししたいです」

て言うか顔近いし。
なに左肩に顎乗っけちゃってんの!
息が、耳にかかってるよ!
なんで髪からシトラスの香りがするの?
桜の妖精、名前は楓、香りはシトラス、みたいな!?
ごちゃまぜだこの野郎!
凜は混乱する頭を抱えて投げつけるように、楓に携帯電話を渡した。

「こ、こんにちはっ」

「!あらっ、女の子じゃないの!」

「お世話になってます」

「恋人!?ねえ、彼女なの!?」

「えっと……っ」

「す、ストーーーーーップ!」

楓の頬がみるみる赤くなっていくのを見た凜は、なにか嫌な予感がして、楓から携帯電話を取り上げた。

「母さん!何か楓に変なこと言った!?」

「『楓』ねぇ、呼び捨てかぁ、ふうん……うふふっ、楓ちゃんによろしくねぇっ」

ぶつり、と電話は切れた。
母はなにかとんでもない勘違いをしているな、と凜は思った。


33: 名前:EDY☆11/03(月) 17:38:20 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
更新ガンバレ ベイビー

34: 名前:みるみる☆11/05(水) 16:33:42 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>33励ましの言葉ありがとうございます!ネタが思い浮かびません……うぎゃー!(黙



「あんまりお話しできませんでした……」

「あんな奴とはしなくていいっ」

残念そうに縁側に座り込む楓。
電話ってそんなに楽しいか?

「あ、そうだ!メール送ります!」

「そんなことしなくても……」

「いいえ!凜くんにはお世話になっているのでご挨拶します!」

凜は渋々携帯を渡した。
どうやら楓は携帯電話をほとんど使ったことがないらしく、しばらく画面とにらめっこしていた。

「どうした?」

「うう……分かりません……」

……というわけで、本文以外の操作は凜がすることになった。
そして、その操作を覚えようとしているのか、楓はまた凜の肩に顎を乗せて画面を見ていた。

「それ、なんですか?」

「これ?これはメールアドレス。母さんの電話の住所みたいなものかな?」

ていうか耳に息がかかってぞくぞくするんですけど。

「このアドレスの『0621』ってなんですか?」

「僕の誕生日」

「えっ!?あさってじゃないですか!」

「そうだったっけ?っていうか耳元で叫ぶな!」

「ごめんなさいっ」

「ほら、本文入力して」

凜はアドレスを入力したメール画面を楓に見せた。
楓はそれを受け取ると、眉を歪ませながら必死に文字を打った。
30分ぐらい経っただろうか。
「あう」とか「あっ!」とか母音を発しながら、やっと楓は文を入力し終えた。

「疲れました……」

「ん、どれどれ。『こんにちは。私は凜くんと一つ屋根の下で楽しく暮らしています。お世話になります。』……」

この文は多大なる誤解を招く可能性がある。

「ふん」

「あーっ!!なに削除しちゃってるんですかああ!!」

こうして、楓が一生懸命打った文は送信されることがなかった。



35: 名前:ニョキ☆11/06(木) 22:43:25 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
元EDYダヨ。
ガンバテネ。応援シテルヨ。


36: 名前:みるみる☆11/07(金) 15:43:29 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>35 ニョキさん ご丁寧に変更お知らせありがとうございます。応援だなんて、今1番の強い支えです!!



結局楓は夜まで「凜くんは鬼です」とか「人の苦労を1oを分かろうとしない人です」とか言って拗ねていたが、眠たくなってきたのか居間で寝入ってしまった。
凜は、隣の部屋に運ぶのも面倒なので、そこに放っておいた。
風邪を引くかもしれないと、隣の部屋に布団を取りに行った。
布団が無かった。

「ああ、そうだったな……」

この家には布団が1人分しかない。楓が熱を出した時に証明済みだった。
ならば楓は今まで、畳の上に直に寝転がっていたのか。
今までが桜の木の下という最悪な環境だったのでそこまで苦痛は感じないのかもしれないが、なんだか申し訳ない気分になった。

「母さんに送ってもらおうかな……」

怪しまれると思うが。


37: 名前:ニョキ☆11/08(土) 21:04:51 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
アゲトクヨ

38: 名前:みるみる☆11/10(月) 16:13:11 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>37ありがとうございます!わざわざすみません……。



ゆっくりと、重いまぶたを開けた。
眩しすぎるくらいの日の光に、少し目をしかめる。
何度か瞬きをして、布団の中で伸びをしようとした。
太ももに、何かの感触があった。

「?」

布団の中を覗いてみる。
太ももの下に、黒ジャージが見えた。
嫌な予感がする。
そう言えば、さっきから背中が温かいのは差し込んできた日光の所為じゃないのか?
後ろを振り返るのが怖くて、数秒かかった。

「――――っ!」

凜の肩胛骨があったあたりには、楓が、すうすうと寝息を立てながらその黒い睫毛を伏せていた。
驚いたが寝起きで声が出なかった。

「お、お前っ、いつの間に!?」

「んん、ん――?」

ゆっくりとまぶたを開けた楓の目は、通常の目の大きさを通り越して徐々に見開かれていく。

「え、ええ、えええええ」

力の入らないその口からは、そんな声しか出なかった。
お互いの、本当に目と鼻の先に、お互いの顔。
顔が真っ赤になるのと、布団から跳ね起きるのはほぼ同時だった。

「どうして!?どうして、そんな、あ、ああ……?ああ、あ」

「落ち着け、楓」

人に落ち着けと言えるほど凜も落ち着いていなかったが。

「落ち着きます。ええっと……そうです。昨夜は冷えました。で、いつの間にか私寝てて……目を開けるのが面倒で……でも寒かったから、何かを掴んでもぐり込んだら……また寝てました」

掴んだのは凜の布団だ。

「はあ……全く、びっくりさせる――」

凜のその言葉は、続けられなかった。
居間の窓ガラス1枚隔てた向こう側に、人が立っていた。
凜にいつか晩ご飯をごちそうしてくれたおばあさん。
なんだかとても嬉しそうに、にこにこしながらこちらを見ている。

「らぶらぶやねぇ」

見られていた。

「あ、トキさん!」

「え?」

「ちょっと早う来すぎたみたいやね」

「楓、何か約束してたのか?」

「ええ、今日は、ちょっと」

「?」

「女同士の秘密、乙女の秘め事やけんなぁ」

2人は顔を合わせて「ねっ」と言って笑うと、楓は朝ご飯も食べずに「いってきます」と凜に告げて、出て行ってしまった。
残された凜は、ぽかんと楓が出て行った扉を眺めていた。



39: 名前:みるみる☆11/12(水) 16:31:33 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
「いやぁ、邪魔して悪かったねぇ」

「いえいえ!そういう仲じゃないんですよ!」

「同じ布団で寝るような男女をなんていうのかねぇ」

「うっ……」

どうやら、一部始終を見られているらしかった。
せめて起き上がった頃に来てくれれば、こんな誤解はなかったのに、と楓は考えていた。

「さあ、上がらんね」

「お邪魔します」

靴を揃えて顔を上げると、予想外な事にたくさんの村の人が楓を見つめていた。

「うわぁー、白くてぴちぴちお肌やねぇ」

「い、いえ」

「髪も真っ黒ぅして艶のあるねぇ」

「そ、そんな」

「でも胸がちっと足りんねぇ」

「っ……」

体中のいろんなところを触られながら次々に言葉をかけられて、楓は混乱した。
無理矢理に他のことに興味を反らそうと、楓はおばさんたちに話しかけた。

「あの、今日は何でこんなにたくさんの方がいらっしゃるんですか?」

おばさんの攻撃がぴたりと止んだ。

「今日はねぇ、幹夫くんがもうすぐ名古屋に行かすけん、私らでお別れ会のケーキば作ろうと思っとるとさ」

「幹夫くん……ああ、あの子ですか!」

楓の頭には草取りをした日のことが思い浮かんだ。
いがぐり頭で、東京に住みたいと言っていた子だ。

「みんなで2つ、ケーキば作ろうで!」

そう、楓は今日、トキさんにケーキ作りを教えてもらいに来たのだった。


40: 名前:ニョキ☆11/14(金) 17:02:55 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
(・ω・)

おお!!初めて『ω』が打てるようになった!


・・・ごめんね。
俺は変なプライドを持っててあまりすぐにコメントしないけど、
この掲示板に来たら毎回ここチェックしてるですよ。ヮハハ。
しつこいけど完結までガンバテネ。


41: 名前:みるみる☆11/14(金) 21:37:27 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>40 ニョキさん わぁお!感激です!私本当に文章書くの下手なんですけどね……。精一杯頑張ります!なんか私の方もコメント貰ってからしか更新できてない……。駄目だわぁ。



「卵ってどうやって中身を出すんですか?」

「知らないの?ボウルの角にぶつけて割るとさ」

「成る程、ありがとうございます」

ぐしゃ。

「きゃーっ!?」

「強く握りすぎだよ!」

「こ、こんなに脆いんですね……」

とまあこんな具合で。
楓はこれまでに料理の経験が無かった。
だから、ケーキ作りのほとんどの行程は、トキさん達に手伝って貰っていた。
これでも楓は一生懸命やっているつもりだった。でも、いきなりケーキというのはハードルが高すぎたかもしれない。小学生の方がまだマシな料理を作れそうだ。
小学生と言えば。

「お姉ちゃん、本当に何も知らないんだねぇ」

「……うう」

握りしめたまま指の間から黄色と無色の液体を垂れ流している楓の手をそっと拭いてくれるのは、トキさんの孫、真央ちゃんだった。
いかにも少女らしい、細く柔らかなツインテールの根本には、熊の飾りがしてあった。
真央ちゃんの身長が130pぐらいだから、170pの楓がお母さんに卵の割り方を教えて貰う子どものような状態になっているのはものすごく笑える図なのだが、当人達は大真面目だ。

「ありがとうございます」

「布巾べろべろになっちゃったね。洗った方がマシやったかも」

真央ちゃんは、トキさんに似て面倒見のよい、しっかり者のイメージが強くあった。
今日は確か日曜日なのに、外で遊ばなくていいのかと楓は思った。

「真央さん、今日は日曜日ですよ?お友達と遊ばなくていいんですか?」

「遊びたいけど、やっぱり幹夫兄ちゃんのケーキ作りたいと思ったけん」

ああ。
この子は幹夫くんが行ってしまうのが寂しいんだ、と楓は思う。
本当は、この村にいて欲しいんだ。だけど仕方ないから、せめて贈り物をしたいんだ。
ダムがなければ起こらなかった、小さな悲しみ。
そしてこの悲しみは、まだまだ終わらないんだ。
この村の人数分ぐらいは、まだ。


42: 名前:みるみる☆11/16(日) 11:16:21 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
「出来ました……」

「長かったね……」

「お疲れ様……」

トキさんの家にお邪魔してから、もう4時間が経とうとしていた。さすがに楓や真央ちゃんの若い世代も疲労困憊といった様子で、トキさん達はさっさと後片付けをして、世間話に花を咲かせていた。

「トキさん、手際がいいですね……」

「あっはっは、伊達に50年主婦やっとらんけんねぇ」

おばあさん達から一斉に笑いが起こる。
もっと料理を勉強しよう、と楓は思った。
だって、あの主婦軍団といったら凄いのだ。
ケーキなんて生涯に何度も作ったことがあるわけでも無いだろうに、レシピもなしに勘で全てをこなしてしまうのだ。
砂糖の分量だって、楓が計量スプーンで一生懸命量っている間に、目分量でぴったり量ってしまうのだ。

「お姉ちゃん、到底お嫁さんになれないね……」

「お、よめっ!?」

「そうねぇ、あのボーイフレンド、凜くんとか言いよったけど、そりゃあ男前やったねぇ」

「ち、違いますって!友達なんです!」

「そりゃあんた、その歳になって男友達なんていったら、なぁ」

「そうですか……?」

大人になったら、異性の友達なんて作れないんだろうか。

「大人って、窮屈ですね」

「そうかなぁ、真央は早くお姉ちゃんみたいになりたいけどなぁ」




43: 名前:みるみる☆11/19(水) 17:09:46 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
「ただいま帰りました」

「おかえり。その挨拶堅苦しいな……」

楓の頭の中の半分くらいは、さっきのトキさんに言われた一言が渦巻いていた。
私達は、やっぱりどう見ても恋人同士にしか見えないんだろうか。
でも、楓と凜の関係はそういったものとは少し違う気がした。

「ん?どうしたの、その箱」

「……」

「楓?」

「……」

「おー……い?」

「……はっ!」

「どうしたの?」

「い、いえ、ちょっとぼーっとしてました!そ、それよりこの箱ですね!私からのささやかな誕生日プレゼントです」

いつのまにか目の前に凜の顔があったので、無理矢理に話の方向を戻して、ついでに2、3歩後ろに下がった。
はっきりしない思考回路で、その箱を机に置き、箱を開けた。

「……これ、お前が作ったの?」

「はい、私も作りました」

「も?」

「1日早いけど、誕生日おめでとうございます!」

頑張って作りました。
下手だけど。
思いを込めて。

「……ありがとう、お前が友達でよかった」

そう言ってにっこり笑うあなた。
この笑顔に、つい甘えてしまう。
やっぱり私達は、世間から見たら相当変わっているのかもしれません。
でも神様、わがままを言っているのは分かっていますが。
お願いです。
もう少し、このままでいさせてください。
友達で、いてください。



44: 名前:明菜 (eiuHYqcaE.)☆11/23(日) 10:49:57 HOST:CBCnni-03S2p045.ppp12.odn.ad.jp
お久しぶりですw
最近来れなくてすみませんでした↓↓

イヤ〜、良い話!!
ホント、冗談抜きで!!!w

更新頑張れ〜♪
暇な時、小説見に来てね♪w


45: 名前:ニョキ☆11/24(月) 09:43:08 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
久しぶりに来たよん。
やっぱうまいねぇ!

もう俺あんま来れなくなるかもしれないけど、
完結までずっと応援してるから!

じゃね!


46: 名前:みるみる☆11/24(月) 13:46:35 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>44明菜 小説たまに見に行ってるよ!コメントしなくてすみません;いい話だなんて、そんな……。
>>45ニョキさん 上手くないですよ;来れなくなるんですか!寂しいです……。でも頑張りますv応援ありがとうございます。

お詫びと訂正

>>43の「でも神様、わがままを言っているのは分かっていますが。
お願いです。」
のところですが、正しくは、「でも神様、わがままを言っているのは分かっていますが、お願いがあるんです。」です。
ぼーっとしてたので変な文になってしまいました。
乱文失礼しました。



期待をふくらませて、凜は箱を開けた。

「うわぁー、凄いな……」

流石に専門店のようにはいかなかいけれど、手作り(初心者)にしては上出来だった。

「これ作るために、トキさんのところに行ってたのか」

「はい、内緒にしててごめんなさい」

恥ずかしそうに楓は言う。

「いいよいいよ、よし、早速食べようか。ナイフは?」

「あ」

空気が固まる。凜は開けた箱のふたを持ったまま、楓は机の端に両手を置いたまま、2人とも目を合わせて笑顔のまま硬直した。
時間まで凍ってしまったのではないか。

「な、ナイフ無いんでしたっけ……」

「うん、だから今までナイフを使わない料理ばっかりだったじゃん。もうすぐ母さんから送られてくると思うけど」

「何で持ってこなかったんですか……て言うか卵料理ばっかりじゃ不健康ですよ……」

よく今まで生きてこられましたねという視線を楓は凜に向けた。

「いや、野菜とかは千切れば使えるし……」

「どうしましょう、このケーキ……トキさんの包丁は今きっと幹夫くんの家ですよ」

「幹夫?なんで?」

「幹夫くん、引っ越しされるんですって。だから今日はお別れパーティーです」

ああ、立ち退きか、と凜は頷く。2人の間に何とも言えない沈黙が流れた。きっと凜の頭にもあの日の幹夫の姿が浮かんで居るんだろう。
都会に憧れていた、綺麗な瞳の少年。

「……邪魔して包丁借りるのもなあ」

「ですね」

「しょうがない、そのまま食べよう!」

「は、はい、って……えええ!?」



47: 名前:みるみる☆11/28(金) 16:26:58 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
「そ、それは行儀悪いですよ!」

「でも他に方法ないし」

「うっ……そうですね」

楓は諦めて、箸立てに入っていた箸を手に取った。

「フォークも無いとはね……」

凜も苦笑いをしながら箸を取った。

「いただきます」

2人で両側から箸を刺した。が、ナイフの要領で手前に引こうとすると、周りのスポンジやらクリームやら果物が一緒に引きずられていく。
それでも強引にノコギリのようにして端まで箸をもってくると、よく切れない包丁でサンドウィッチを切った時のように、中身がずるずるとはみ出し、ケーキは崩れた。
それはもう、原形をとどめないほどに。

「……」

「……」

沈黙が空気を支配する。
哀れ過ぎる光景だった。

「……ああっ、もう!」

突如箸をテーブルに叩きつける凜。楓は「ひっ」と身をすくめた。
あまりの食べにくさに怒らせてしまったんだろうか。
一瞬不安が頭をよぎるが、心配は要らなかった。

「え、ちょっと!なにしてるんですか!?」

「犬食い」

そんなことを聞いてるんじゃない、と楓は思う。
凜は顔をケーキに近づけ、口いっぱいにケーキを頬張っていた。

「お行儀が悪いですよ!ああ、もう、頬にクリームが着いてます!ケーキなら私が買いますから、こんな汚いケーキ放っておいて――」

「おまえが、つくったんだろ?」

「……え?」

「楓が、僕のために作ったんだろ?僕は食べるよ。勿体ない」

「……」

楓は答えられなかった。凜の言葉に感無量というのもあったが、それよりも――

「……ぷっ」

突然吹き出した楓はそのまま口を押さえ、くつくつと痙攣したかのように震えだした。頬は紅潮し、目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。
楓は笑いを堪えていた。

「なっ!」

凜の顔も真っ赤になる。

「だって、そ、そんな顔にクリームまみれで真面目なこと言ったって、うふっ、説得力、無さ過ぎっ……」

「僕は大真面目だよ!?」

「そんなこと、分かってますよ」

楓はテーブルから身を乗り出した。その顔はケーキを通り過ぎ、凜の顔のところまで来た。

れろぉ、と。

凜の頬にあり得ない量のぞくぞくと快感の混じった物が走った。

「――っ!!」

凜の顔は耳まで真っ赤になった。
そんな凜に、にっこりと悪戯っぽく微笑む楓。
ぺろりと出した舌には、生クリームが乗っていた。

「綺麗になりました」





48: 名前:みるみる☆12/02(火) 16:03:41 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
幹夫がこの村を出て行く日が来た。
お別れ会から3日が経っていた。
この村には若い男が少ないので、凜も引っ越しの手伝いに行くことになった。
楓も、幹夫の見送りがしたいと言ってきたので、2人で幹夫の家までやってきた。

「もう始まってますね」

楓がそう言って、そこで初めて凜も幹夫の家をきちんと見た。
随分昔から使い込んでありそうなタンスや幹夫の物と思われるおもちゃ類が玄関から続々と出てきていた。

「あら!ありがとうね、手伝いに来てくれたと?」

玄関のすぐ外で、トキさんが汚れた雑巾ごと2人に手を振った。

「何をしてらっしゃるんですか?」

「家具に着いとる埃ば拭き取りよっとさぁ」

「私も手伝います」

「ありがとうねぇ、ほら、凜くん、奥でじいちゃん達が待っとるよ!」

「あ、はい。じゃ、頑張って」

「はい!」

凜は家の奥に入っていった。


49: 名前:みるみる☆12/10(水) 16:48:49 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
楓は一生懸命に家具を拭いた。
お別れなのに、何一つしてあげられない自分が悔しくて、だからせめて、引っ越しの手伝いぐらいはしたかった。
誰もあまり喋らなくなった。
幹夫とその家族のことを思い起こしているのかもしれない。
重い沈黙を掻き消すかのように、楓は淡々と雑巾を動かしていた。
最後のタンスを拭き終えた時、雑巾はもう真っ黒になっていた。

「楓ちゃん、雑巾ば中で洗ってこんね」

「はい」

玄関を入ると、がら空きになった家の中が目に入ってきた。
楓はこの家に入ったことはないが、壁に付いた画びょうの後や、畳がへこんだり、まだ青かったりしている部分を見ると、切ない気分になった。
ここでどんな会話をしたんだろうか。
何が置いてあったのだろうか。
そんなことを考えながら、台所を探して家の中をうろうろと歩き回った。

「ここでしょうか……?」

楓がようやく見つけた台所には、2人の子どもがいた。
1人は幹夫、もう1人は、トキさんの孫でケーキを一緒に作った――

「真央、さん?」

2人は向き合って黙っていた。楓は何となく、部屋に入るのを躊躇った。
やがて真央が口を開いた。

「あのね、幹夫兄ちゃん」

「ん?」

「これ、あげる」

真央の手には、折り紙で作ったメダルが握られていた。
幹夫は笑顔でそれを受け取った。

「ありがとう、離れてもずっと友達やけんな!」

「うん」

そう言って幹夫は、楓が居る方向とは逆の扉を開けて、台所から去った。
残された真央は、そこから1歩も動かなかった。
暫くして、した、と水が床に落ちる音がして、鼻をすする音と嗚咽が聞こえてくるだけだった。




50: 名前:みるみる☆12/15(月) 16:18:07 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
「はぁ……」

凜の部屋の中で、楓は何度目かの溜息をついた。
時は既に11月。
幹夫の他にも、村の人々は随分居なくなってしまった。
楓はそれが寂しかった。
それに、この溜息はそれだけじゃないのだ。

「凜くんとも、いつかお別れですね……」

そう。
ダムが出来ても他に引っ越せば良いだけの凜。
ダムが出来たらただ沈んでしまうだけの楓。
遠い日のように感じるが、それでも必ずやってくることだ。
頭の中にどんより重たい雲が流れていく。
暗く沈んでいる楓だが、それでも心の支えはあった。
楓の手の中に握られているのは、凜の携帯。
6月の時よりかなり手慣れた指の動きで、電話の発信ボタンを押した。
2コールで相手は必ず出る。

「はぁーい! 呼ばれて飛び出て? じゃじゃじゃじゃーんっ!」

「楓です」

「あらあら、彼女の方だったのねぇっ」

「だから違いますって……」

ちょっとテンションについて行けない部分はあるのだが、今のところ、楓の相談相手は専ら凜のお母さんだった。


51: 名前:みるみる☆12/17(水) 16:54:58 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
「今日はまたどうしちゃったの? ん?」

「何となく……気分が落ち込んでしまって……」

「むふーん、まあ青春真っ盛りだろうからねぇ。ふんふん、わたしにもあったわ、そんな時期が」

それは本当なのか。
心の中で小さく突っ込みを入れた。

「……時間が止まってしまえばいいのに、って思うこと、ありますか?」

「あるわねぇ、て言うかしょっちゅうよ? でもね、楓ちゃんよりちょっぴり長く生きている私に言わせてもらうと、それは逃げているだけなのよ」

「……」

「今なにか悩んでるんでしょう? それだったら未来に進みたくないのも分かるわ。でも、ここで時間止めたって結局何も変わらないのよ? 進歩なし。むしろ後退、みたいな? 
悩みとか苦労とか、乗り越えられる人にしか神様は与えてくれないの。多分ね。だから楓ちゃん、乗り越えてみなさい。這い上がってでもいいわ。逃げたら、そこで終わりなんだから」

逃げたら、そこで終わりなんだから。

「……そうでしょうか」

「そうよぉ! この天才ママさんが言うんだから間違いないわ。でもね……頑張るのが辛くなったら、またわたしを頼りなさい」

「はい、ありがとうございます」

楓は笑顔で電話を切った。


52: 名前:みるみる☆12/22(月) 16:51:41 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
さて。
ここからの話は急になる。
それはこの2人が感じた時間の短さをそのまま文章に表そうとした結果だ。
この物語はここで終わってしまうのかもしれないし、まだまだ続くのかもしれない。
それは誰にも分からない。
凜にも。
楓にも。



春。
最後に村を出たのはトキさんだった。
最後まで、粘り強くここに残っていたが。
1人がここに残っていたところで、状況は何も変わらない。
それはトキさんもよく分かっていたはずだった。

今、凜と楓は1本の桜の木の前に立っている。
言うまでもなく、楓の本体である。
枝には、控えめながら優しい色をした花が咲いていた。
優しそうで、哀しそうだった。

「みんな、行っちゃいましたね」

「うん」

2人が見ているのは桜の木ではない。
その後ろにそびえ立った、灰色の壁だ。
見上げれば首が痛くなるほどに高いその壁は、この自然の中で酷く浮いていた。
壁の高いところには1つの穴があり、ダムの水がそこまで溜まることを意味していた。

「……万里の長城みたいだな」

「万里の長城って、こんなに凄いんですか?」

「いや、もっと凄くて、もっと美しいよ」

2人は暫く黙って、その無機質な壁を見ていた。


53: 名前:みるみる☆12/22(月) 20:37:13 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp

僕は何をしにここに来たんだろう。
もう忘れてしまった。
僕は楓に会うためにここに来たのか。
きっとそれだけじゃない。
なぜなら。
もうすぐ沈んでしまうこの村を、離れたくないと思っているから。
僕がここに来た時は、町なんてただ寝起きをする場所だと思っていた。
どこでどんな家に住もうが一緒だと思っていた。
僕は間違っていた。

2人で縁側に腰掛けた。
川の水は、今まで川だった部分ではもう収まりきれなくなり、少しずつ周りの土や草を飲み込んでいっている。

僕は凜と他愛のない話をした。
僕の髪は染めて茶色くなったのかとか、本当にどうでも良い話をした。
楽しかった。
でも僕らの間には、なにか落ち着かないものがあって、嫌なことを後回しにしたがっている雰囲気があった。
時間が止まればいいのに、と思った。

話は思い出話へと移った。
僕と凜が初めて会った日のこと。
台風の日のこと。
女だということが分かったときのこと。
草抜きのこと。
幹夫達のこと。
布団で一緒に寝てしまったこと。
ケーキのこと。
トキさんのこと。
全てが鮮やかで優しい思い出となって蘇った。
楓はたまに頬を赤らめたりもしながら、でも笑って思い出を話した。
遠目に川の水が迫ってくるのが見えた。
見えないふりをして話をした。
苦しかった。

どれくらい話しただろう。
笑い声が止んだ。
庭に水が入ってきた。
もう見えない振りは出来なかった。
息苦しいほどの重い沈黙が流れた。

「……お別れですね」

楓が言った。酷く掠れた声だった。
僕は答えなかった。
代わりに楓の手を握った。
楓は握り返してくれた。
水は庭全体を埋めた。
楓が手のひらの力を抜いた。
僕の手を振り払おうと、ゆらゆらと揺れた。
僕は手を離さなかった。


54: 名前:みるみる☆12/26(金) 13:40:44 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
手が、今度は本当に振り払おうとしてぶんぶんと振られた。
僕が気付かなかったとでも思ったのだろうか。
靴の底にじんわりと水が染み込んできたのを感じた。
僕はやっぱり手を離さなかった。

「凜、くん……?」

「今、実感沸いたかも」

そうだ。
今日はダムの水が溜まる日で。
楓はここから逃げることは出来なくて。
僕と楓は今日でお別れだったんだ。

「――何、言ってるんですか?」

「いや、やっぱり僕って鈍感だったんだなぁって」

「え?」

うん、そうかそうか、そうだったな、とか言いながらしばらく僕は頭の中を整理した。

「さっきから、何言ってるんですか?」

「いやあ、あんまりにもこの場面に来ちゃうのが急だったからさぁ。ったく、作者ももうちょっと考えろっつーの。登場人物が流れについて行けないとなると、もう読者は何が何だか状態だよなぁ」

「だから、何言って――」

「楓」

僕は楓の言葉を無視するように遮った。
握っている手をもっと強く握った。
僕の手に包まれた白い指は、戸惑っているようで力が入っていなかった。
何となく――今日のご飯は鍋にしようというくらいの軽い口調で、僕は言った。


「僕、楓と一緒に死んじゃおっかな」


55: 名前:ニョキ☆12/26(金) 14:35:45 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
や、お久しぶりでん。
もう少しで完結なのかな?

がんばりんwwww


56: 名前:みるみる☆12/26(金) 21:36:40 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
>>55ニョキさん お、お久しぶりですー!そうですね、もう一頑張りです。せっかくシリアスな場面なのでレスを別にしました。


57: 名前:みるみる☆01/05(月) 09:41:05 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
顔を横に向けたら、信じられない物を見るような目で、楓の瞳が僕をとらえていた。

「何、言ってるんですか……!?」

「だから、死んじゃおうかなって」

「……馬鹿じゃないですか!? 私みたいに生きていたいのに死ななくてはならない人もいるんですよ? 失礼だとは思わないんですか?」

「うん、でも、何かこれから生きてても楽しくなさそうだし――」

頬に強い衝撃が走った。
視界の端に、蝋人形のような白い指が見えた。

「命を無駄にするなんて、人として最低です」

そうかもしれないね。
でも、もう僕は人じゃなくてもいいやって思うんだ。
この気持ち、何だろうね。

「……もしさ、僕がここから去ったところで、楓はどうするの?」

「どうするって――」

「きっと、泣いちゃうだろう?」

楓は答えなかった。
構わず僕は続ける。

「そんなの、ほっとけないじゃん。友達が泣いてて、そばにも居ないで逃げるなんて」

そんなのできないよ。

もう水は膝のあたりまで来ていた。


58: 名前:みるみる☆01/09(金) 17:10:25 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
「……馬鹿ですね。離してください」

楓は言う。感情を全て殺したような、冷たい目で。
黒い目が、僕の瞳を映していた。
おい、なんでそんな優しい笑みを浮かべているんだ、僕。
こんなに張り詰めた空気の中なのに、ちょっとは空気を読め。
僕の手に包まれた白い手が、僕から逃げようとする。
僕はまた、手の力を強めて、その手が離れないようにした。

「っ、離してください!」

今度は空いている方の手も使って僕の手を引き剥がそうとする。
でも、楓の力じゃ引き剥がすのは無理だ。

「離してくださいって言ってるんです! 死ぬのは私だけで十分ですから! 離してっ……」

「……」

「離、せっ……!」

語調は強くなっているのに、段々手の力は弱まっていって、最後には僕の腕に縋るようにして、地面に膝をついてしまった。
だぼ、と音がして、楓の腰までが、水に浸かった。

「うっ……っ――」

「ほら、ね?」

僕の顔は多分笑っている。
自分でも気持ち悪いくらいに、優しく。

「やっぱり楓、泣いちゃうじゃん」




59: 名前:みるみる☆01/11(日) 10:24:46 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
泣き虫だなぁと思う。
でも、もしかしたら僕の方がおかしいのかもしれない。
何でこんな時に笑えるんだろう。
今から死のうというときに。

僕は、楓に合わせるように地面に膝をついて正面に膝立ちした。
水が骨盤のところまで染み込んできた。服がまとわりついて、気持ち悪い。
僕の腕にしがみついた楓の指を、僕の手を握るように移動させた。
やってみると凄く変な絵面になってしまった。まるで恋人同士の駆け落ちだ。

「……最低、です」

「僕が最低?」

「いえ、私です」

「どうして?」

「友達なら、ここで離れさせるのが当然ですよ。なのに私は、別れるのが辛いからって、手を振り払えなかった」

まして、泣いてしまうなんて、最低です――
と、楓は涙声で言った。
指に少し力がこもって、震えていた。

「いいんだよ。僕が悪いんだよ」

僕がそう言うと、楓の唇がきゅっと結ばれた。
水が胸あたりまできた。
春と言っても、川の水は氷水のように冷たかった。
強い風が吹いて、桜の木から沢山の花びらが散った。
まるで最後の命を使い切ろうとしていくように見えた。
儚くて、でもどこか力強く、美しかった。
花びらが僕たちにかかる。
水面に浮いた花びらが眩しい。
前を見ると、楓の首までが水に浸かっていた。
楓は背が高い方だけど、僕に比べたら少し低い。

「……」

「……」

最後が近づいていた。
そのうち、僕の顎にも水が付いた。
楓の唇は、もう水の中だった。

ああ、そうか。
楓の本体は木だから、木が死ぬまでは楓は死なないんだ。
今更気付いてしまった。
じゃあ死ぬのは僕が先だな。
僕は死について考えた。
結局、人間は生まれるときと死ぬときは1人ぼっちなんだ。
一緒に居ても、別にあるものなんだ。

そんなことを考えているうちに唇の上まで水に浸かっていた。
楓が悲しそうな目で僕を見ている。
どうしてそんな目で見るんだい?




60: 名前:みるみる☆01/17(土) 11:14:58 HOST:octp229097.octp-net.ne.jp
楓と僕は、見つめ合ったままじわりじわりと水の中に沈んでいく。
もう楓の瞳は水の中にある。
僕の鼻に水が触れた。

ねえ、楓。
悲しそうな目をしないでくれるかい?
君は僕と居て、楽しかった?
僕は、楽しかったよ。
最後は笑って、終わろうよ。
僕の瞳に最期に映るのが、楓で良かった。

喉に、気管に、水が流れ込んできた。
苦しい。
でも、もうすぐだ。
もうすぐ、楽になれるから。
早く僕の肺を、水で満たしてくれ。
体が冷たいな。
でも、指だけ何故か温かい。
楓の指か。
もう何も分からなくなってきた。
脳がとろけてしまったようだ。
指が温かいことしか、僕には分からない。

「――凜くん」

何か、楓が言っている。
何を言っているの?耳に水が入って、よく聞こえないよ。
そもそも、水の中で喋るなんてことが、出来る、の、か?
ああ、眠たくなってきた。
ねえ、楓、もう、時間切れみたいだ――

「凜くん」




「愛して、いました。」


61: 名前:みるみる☆01/28(水) 16:49:38 HOST:octp209178.octp-net.ne.jp





「……あれ?」





そんな間抜けな声が、部屋に響いた。
声の主は、紛れもなく僕だった。
目を開けると、白い天井とカーテンが見えたのだ。

「天国……?」

ご丁寧に布団までかぶせてあって、僕はベッドに横たわっていた。
眠っていたと言うべきか。
随分と長い間そこに寝ていたらしく、体を動かすと軋んだ。
起き上がってみる。
辺りを見渡して、段々分かってきた。
リノリウムの床。
微かなアルコールの匂い。
そして僕がいつの間にか来ていた、甚平にも似たこの服。

「病、院?」

廊下から何かを転がすような音が近づいてきた。音は僕の部屋のすぐ近くで止まった。

「失礼します」

点滴の袋を持った看護師さんが、部屋に入ってきた。
僕を見て、優しく笑う。

「あら、気がついたんですか? 良かったです。どこか、具合の悪いところは?」

「…………」

「あの――」

「どうして、」

僕は素直に、今思っていることを口にする。

「どうして、僕は生きているんですか?」

看護師さんが少し驚いた顔をした。




62: 名前:みるみる☆01/31(土) 10:16:39 HOST:octp209178.octp-net.ne.jp
「どうしてと、言われましても……」

看護師さんが眉を歪める。
そんなに僕の問いかけはおかしかったのだろうか。

「確かに、僕は死んだはずだったのに」

どうしてこんなところにいるんだろう。

「男の子が、あなたを連れてきてくれたんですよ」

「男の子?」

誰だろう。

「2人ともびしょ濡れでしたよ。溺れたんですか? とにかく、男の子があなたをここに連れてきてくれました」

「…………」

「指から血が出ていたので、治療してあげようと思ったんですけど、やけに丁寧に断られましたね。あ、そうだ。その方が、あなたに渡して欲しい物があるって」

看護師さんの指した指は、僕を通り越して、出窓を示していた。

「何でしょうね。あなたが気がつくまで、ここに居てあげれば良かったのに」

「……看護師さん」

「はい?」

「そいつ、女ですよ」

出窓の上に置いてある、小さな桜の枝を見ながら、僕はそう言った。
枝には、花と、食用ではない硬いさくらんぼが付いていた。


63: 名前:みるみる☆02/04(水) 16:48:01 HOST:octp209178.octp-net.ne.jp
食事を置いて、看護師さんは部屋を出て行った。
起き上がって、桜の枝を取りにいく。
右腕の点滴が邪魔だったが、僕は枝を手に取り、ベッドに再び腰掛けた。
枝をくるくると回してみると、ほんのり春の香りが漂った。

「ん」

花びらの一つに、血が付いていた。
僕のものではない。

いつか楓が言っていた。
桜が死んだら自分も死ぬ。
じゃあ、枝を折ったら?

「――指くらい折れるよなぁ」

痛かっただろうに。

「無理して、こんな物くれなくてもいいのに」

馬鹿だなあ。

僕は笑った。
笑って、そして――
声を押し殺して、涙を流した。


64: 名前:ニョキ☆02/08(日) 17:46:58 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
任天堂64みたいに素晴らしい

65: 名前:みるみる☆02/10(火) 16:45:22 HOST:octp209178.octp-net.ne.jp
>>64ニョキさん 64と並べられたら肩身が狭いですwもったいなきお言葉、ありがとうございます。



『楓

届きもしない手紙だけど、それでも奇跡を少しだけ信じて書きます。
あの後、君はどうなったのかな。
生きていてくれたら、と僕は願っています。

僕の近況を報告します。
病院を退院しました。
特に目立った外傷はなかったので、すぐに退院できました。
少しだけ、精神治療もさせられました。
何か勘違いされてたみたいです。

新しい家が見つかりました。
またボロ家です。
でも僕は、結構気に入っています。
庭に何もなかったので、桜を植えました。
君がくれた枝に付いていた、硬いさくらんぼです。
正直種から育てることが出来るのか、少し不安です。

僕の近況はこれくらいです。

今思うと不思議なんだけど、何で楓は心だけ木から抜け出たのかな。
それに、どうして楓を村の人たちは知らなかったのかな。
僕が村に来てから、木から出てきたのかい?
僕に恨みでもあったの?
……今のは冗談です。気にしないでください。

じゃあまた手紙書きます。
この手紙が、君に届きますように。

                   凜』

「……はぁ」

意外と長くなってしまったなと思いながら、ボールペンを机において、僕は伸びをした。




66: 名前:みるみる☆02/12(木) 14:03:20 HOST:octp209178.octp-net.ne.jp
突然強い風が吹いた。

「!」

カーテンがガムのように膨れあがり、しゅうしゅうとしぼんでいった。

「……?」

インクが乾く前に飛ばされなくて良かった、と手紙をペンで押さえて、なんとなく窓の方に向かった。
春特有の土くさい風を、思い切り胸の中に吸い込む。

「ん」

目線をふと下げた、そこにあったのは。
何もないこの庭に、一箇所だけ光が差したような、緑の、桜の双葉だった。




                  おしまい



67: 名前:みるみる☆02/12(木) 14:11:25 HOST:octp209178.octp-net.ne.jp
あとがき

時間をかけたのに、終わってみればこんなもんでした。
いろいろと反省すべき点があって、自分で読み返すととても恥ずかしいです。
でも、これからもっと練習を積んでいきたいと思っています。
最後まで読んでくださった方々、本当に感謝します。
次に書くのは、まだあまりはっきりとは決まっていません。
だけど、このお話のテーマは「純粋」と勝手に決めていて、もうお腹いっぱいになったので、今度はドロドロしたのに挑戦したいと思いますw
だから多分カラダ小説ですw
ではでは、こんなところまで読んでくださって有難うございました。
                          みるみる


68: 名前:ニョキ☆02/13(金) 20:37:32 HOST:softbank221062042041.bbtec.net
じゃあの。

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